将棋棋士 遠山雄亮のファニースペース

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現代の角換わり腰掛銀、パスに対する藤井新手の攻防

まえがき

 

下記でご紹介した角換わり腰掛銀の盤上の物語。

その続きです。

 

www.toyama-shogi.com

 

今回は、「6.パスしてから△5二玉と待機」を深堀りします。

藤井聡太七段の新手から研究が深まっている形です。

 

 

 

パスからの攻防

まずは現代角換わり腰掛銀の基本図から復習です。

 

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ここで後手に7つの手段があります。

今回取り上げるのは、パスです。

とはいえ将棋でパスは許されていないので、金を7二金→6二金のようにして2手かけて6二にいけばパスをしたのと同じことになります。

 

すぐに▲4五桂

先手がすぐに▲4五桂と攻めかかるのはどうか。

 

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後手は最善形で先手は玉が6八にいるので、成立しません

具体的には△2二銀から△4四歩で桂を取りにこられてうまくいきません。

先手の玉が7九にいれば成立するのは上記の記事で解説した通りです。

 

 

そこで一度は▲7九玉と引いて、後手は△5二玉と待機します。

 

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ためて▲4五桂

ここで▲4五桂と攻めかかるとどうなるか。

 

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これは有力です。

先手は7九に玉がいるので最善形。

後手の玉が5二にいるのが吉と出るか凶と出るか。

 

これには△2二銀も△4四銀もありますが、△4四銀のほうがいいとされています。

 

以下▲2四歩△同歩▲同飛

 

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△4四銀と上がった場合は、カウンターを狙うことになります。

図で△2三歩▲2九飛△6五歩と進めるのは、

  • 先手玉が7九にいる
  • 後手玉が戦場に近い

後手の条件が悪く、成立しません。

 

そこで図では△1三角と打ちます。

2筋交換に△1三角はよく出てくる反撃手段です。

 

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飛車が逃げて、△4六角と進むと4五の桂を取ることができそうです。

 

先手は△1三角に対して、

▲2九飛△4六角▲7五歩

▲2七飛△4六角▲2三角

このどちらかの手段で攻めていきます。

どちらも公式戦で登場しており、互角と見られています。

 

ただ最近は下火の変化で、先手が避けている展開です。

なお後手がこの仕掛けを回避したいなら、△5二玉ではなく、△6三銀▲8八玉△5四銀、という手順で待機するのも有力です。

 

本命の▲4五桂

先手は仕掛けずに▲8八玉と入城するのが主流です。

対して後手は△4二玉と最善形を保ちます。

 

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後手がパスした後に生じる基本図であり、最新形です。

つい最近も大きな勝負で立て続けに登場しています。

 

先手は万全の態勢になったので、▲4五桂と攻め込みます。

攻めずに▲6七銀と指す手もあるのは、上記の記事でも解説した通り。

ここでは▲4五桂に絞って解説します。

 

対して後手は△2二銀も△4四銀もありますが、△4四銀が本線です。

何故か。上記の記事から引用します。

 

  • △2二銀と逃げて△4四歩から桂を取る
  • △4四銀と逃げて2筋交換を甘受して反撃に出る

この使い分けは、反撃に出られるか、というところにかかっています。

その際に重要なのは、後手の銀の位置と先手の玉の位置です。

 

後手の銀が5四にいなければ△6五歩の攻めがないため、反撃に出られません。

先手の玉は、後手が反撃する際は8八にいてくれたほうがいいです。

 

よってこの場合は△4四銀と逃げて、▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2九飛に△6五歩と反撃に出るのが一般的です。 

 

△1三角の変化

さて上記記事ではさらっと書いていますが、△4四銀に▲2四歩△同歩▲同飛の局面で一つの分岐を迎えます。

 

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先ほども解説した通り、△1三角という反撃手段もあるからです。

 

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先手は常に警戒すべき手、後手は常に狙うべき手です。

対して▲2九飛△4六角に▲4七金と角を追います。

 

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後手も△2八歩と飛車をおさえて、▲4九飛△2四角▲2五歩△1三角▲1五歩

 

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先手は角を狙います。ここで後手は△4五銀直と桂を取れそうですが、▲同銀△同銀▲1四歩△2二角に▲6三銀が習いある手筋

 

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角換わりでの頻出手筋です。

△同金▲7二角の進行は大体ダメとしたもの。

△6一金と逃げるよりありませんが、▲7四銀不成として▲6三角の両取りの筋もあって先手がハッキリ優勢です。

 

△4五銀直と取らずに△8六歩と攻めればそこまでの差はありませんが、後手が避けている変化です。

 

なお後手玉が5二にいると▲6三銀がないため、△4五銀直と取って桂得が残ります。

なので△5二玉型では△1三角の反撃が有効だったのです。

 

△6五歩のカウンター 

前置きが長くなりましたが、いよいよプロの実戦例の多い変化に入ります。

△1三角と打たずに△2三歩と受けて▲2九飛と引きます。

ここで△6五歩が後手の狙いのカウンターです。

 

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玉の位置が先手8八、後手4二なので、後手としては最善といえる近い形です。

 

▲6九飛という受け方もありますが、この場合は▲同歩と素直に取るべきです。

対して△同桂には▲同銀が強い受け。

 

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△同銀に▲6三歩△7二金▲6四桂と攻め込みます。

 

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この反撃はよく出てくる手段で、基本的にはあまりうまくいきません。

ただこの場合は、2筋で1歩を手にしている効果で有効な手段となります。

 

以下は、

  • △7一金▲2二歩△同金▲6二角
  • △7三金▲6二歩成△6四金▲6六歩△5四銀▲6一角

といった展開が考えられます。

いずれも手持ちの1歩を有効に使っているのがおわかりでしょうか。

どちらの展開に進んでも、先手有利の展開です。

 

よって後手は△6五同桂ではなく、△7五歩と突きます。

 

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角換わりの頻出手筋で、△7五歩を▲同歩と取ると△6五桂として、▲同銀は△同銀のあとに△7六歩の攻めが厳しく残り、▲6六銀は△8六歩で十字飛車を狙われます。

△7五歩に▲同歩と取る手は、角換わりではほぼありえません

 

藤井新手▲7九玉

この△7五歩に対し、当初は▲6九飛と受ける手が指されていました。

しかし「玉飛接近すべからず」の格言もあるように、あまりいい形ではありません。

現在は下火になっています。

 

そこで▲2二歩と打つのが習いある歩の手筋

 

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△同金と取らせることで相手の金を壁形にします。

そこで藤井新手の登場です!

▲7九玉!

 

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なんという地味な新手でしょう。

しかも駒がぶつかってから玉を引くという、なんとも不思議な感触の手です。

初めて見たときは驚きました。

 

ただ、相手の攻めから遠ざかるという意味で、8八より7九のほうが遥かに好位置であることは間違いありません。

 

将棋AIも第1候補にあげる有力手段です。

対して後手は△3二金と悪形を正すのが普通でしょう。

先手は▲2二歩と再び歩の手筋を繰り出します。後手も△同金はやむを得ません。

 

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ここで▲6四歩と伸ばすのは棋理にかなった手。壁形の逆側から攻めようというもの。

対して△3二金と再び戻し、▲7五歩△3一玉と進みます。

 

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△3一玉で△6五桂は、▲同銀△同銀に▲6三歩成が▲7二角をみて強烈な反撃です。

玉を早逃げしたので次は△6五桂が成立しそうです。

 

そこで先手は、▲7四角や▲7六角として△6五桂(△6五銀)の攻め筋を消しておきます。

▲7四角と打ったのは、藤井新手の将棋で、藤井七段が制しました。

▲7六角と打った将棋も公式戦で登場し、先手が勝利しました。

 

 

藤井新手、発展形

さらに、▲6四歩とするところで▲3五歩という手も公式戦に登場しました。

 

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これも藤井七段の指した手。

以前は▲6四歩で勝ったのに手を変えたのは、▲3五歩のほうがより優れていると判断したからでしょう。

この▲3五歩は4五桂と跳ねている格好で常に急所となる手です。

 

対して△同歩は▲3四桂のスキが出来てしまうので論外。

△同銀は▲7五歩として後手の攻めを催促します。

 

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△4四歩には▲7四歩△6五桂に▲同銀△同銀▲6三歩と先ほども出てきた攻め筋を繰り出します。

これは後手の2~4筋の形がひどいので、攻めが決まっています。

 

よって▲3五歩を手抜いて攻め合うのが後手の最善です。

△8六歩がその第一歩。

 

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▲同銀には△6六角が空間を生かした手。以下▲7七銀には△同角成▲同金△7六歩とたたみかけて後手優勢です。

そこで先手も▲同歩と取ります。

 

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ここで後手に多くの選択肢があります。

  1. △7六歩▲同銀△8六飛とさばく
  2. △8五歩の継ぎ歩
  3. △8七歩や△6七歩と手裏剣を放つ

 

この善悪は全くもって不明です。

1の△7六歩~△8六飛の変化はごくごく最近現れたので、ご記憶のある方もいらっしゃるかと思います。

 

あとがき

後手がパスをする攻防を解説してきました。

8八玉型で▲4五桂と跳ねて、後手は△4四銀~△6五歩と反撃。

対して▲2二歩~▲7九玉の藤井流が最新形です。

 

研究課題で、将棋AIの評価もほぼ互角。

今後公式戦でも多く登場しそうです。

 

藤井新手までも多くの変化があり、盤上の物語が折り重なっています。

流れだけつかんでおけば、藤井七段の新手の意味もおぼろげながら見えてくるかと思います。

 

現代角換わり腰掛銀の基本図から一つの枝を解説するだけで、なんと3500文字以上になりました。

角換わりは難しいと言われる所以でしょう。

 

全てを理解する必要はありませんので、読み物として盤上の物語を楽しんでいただければ幸いです。