まえがき
先日の朝日杯では角換わりを駆使して千田七段が優勝を果たしました。
角換わりは難しくてよく分からない、という方も多いでしょう。
ここで難しいと評されることの多い現代角換わりについて、図面も30枚近く用いてなるべくわかりやすく書きました。
研究を包み隠さず書きましたが、角換わりを指すプロ棋士なら常識的なことばかりです。
皆さまが角換わりにおける盤上の物語を追う際の参考になれば幸いです。
基本図からの指し手
これが現代角換わりの基本図です。
プロの公式戦で指されるようになって約3年。200局近く指されています。
勝率は先手が6割近いですが、最近は後手の対策が進んで互角になっている、というのがプロの共通認識です。
さてここで後手には7種類の指し手があります。
- △3一玉
- △6五歩と仕掛ける
- △4一飛
- △4四歩と同形を続ける
- △6三銀~△5二玉~△4二玉と待機
- パスしてから△5二玉と待機
- △5二玉~△4二玉と待機
最近の出現頻度が低い順に並べてみました。
6番目のパスは、将棋では許されない手なので、駒組み段階で△7二金~△6二金といった感じで金の動きでわざと手を損してパスしたのと同じ状況に持ち込みます。
他にも9筋を受けない指し方や6筋の位を取る指し方も有力ですが、今回は省略します。
1.△3一玉
△3一玉は最近ほとんど見かけません。
なぜなら3一の地点に玉がいくと、▲3五歩~▲4五桂という攻めが厳しいからです。
これは玉を3一に持っていったのが悪手になります。
将棋AIの評価値的にもかなり先手寄りの展開です。
2.△6五歩と仕掛ける
選択肢の中では一番積極的な指し方です。
▲同歩に△同桂と△同銀にわかれます。
△同桂は▲6六銀△6四歩▲4五歩として4六に角を打つ手を狙います。
8筋を交換してきたら、△8六同飛に▲9七角が好手。△8一飛▲6四角と進むと後手の桂が取られてしまいそうです。
「▲9七角」はよく出てくる反撃策ですが、6四角のあとに角が狭いリスクがあります。
ただこの場合、4六に逃げ場所があるため▲9七角は効果的な一手です。
8筋が交換できないと後手は指す手が難しいです。
もし先手の玉が8八にいれば△8六同飛が王手になるため、▲9七角が打てません。
この場合は先手の6八玉型は好位置なのです。
△6五歩▲同歩に△同銀には▲5八玉が好手です。
いままでの角換わりの常識からは考えられない一着です。
バランスをとって、△4七銀~△3八角という筋を消しています。
従来なら好手と知っていても指しづらいでしょう。
しかし、いまは将棋AIの評価値という後ろ盾があるので安心して指せます。
この△6五歩が成立すれば角換わりを根幹から揺るがすことができるのですが、どうも分の悪い戦いのようで、現在はほとんど指されていません。
3.△4一飛
3番目の△4一飛には、玉飛接近を咎めて▲4五桂と攻めるのが定跡です。
攻めずに▲7九玉と指すと、△4四歩とされて
ここで▲4五歩には△5二玉と受けるのが好手。
この格好は優秀で、先手がこれ以上攻め込むのは難しいです。
しかし図で▲8八玉とすると△3一玉とされて
これは後手が仕掛けを封じきった図になります。
あとは△2二玉~△3一玉を繰り返せば、先手は打開が難しいです。
この2つの図は現代角換わりを理解するのに重要です。
つまり△4一飛には▲4五桂と攻めるよりないのです。
先手が「▲4五桂」といく時は、玉の位置が重要です。
- 自玉が8八か7九にいれば「▲4五桂」は成立しやすい
- 6八にいる時の「▲4五桂」は失敗しやすい
この場合は玉が6八にいますが、後手が「玉飛接近すべからず」の悪形のため、▲4五桂が成立するのです。
以下も難しい戦いですが、実戦的にも飛車の位置の差で先手が勝ちやすいというのがプロの共通認識でしょう。あまり多く指されていません。
4.△4四歩と同形を続ける
△4四歩も減少気味の対策です。
先手は同形に別れを告げるべく▲4五歩と仕掛けます。
「▲4五桂」は6八玉型では失敗しやすいと書きましたが、歩をぶつける展開であれば6八玉型でも問題ありません。
以下△同歩に▲同銀と進めます。
評価値的には+100程度の展開ですが、主導権を握っていることもあって先手が勝ちやすく、公式戦でも先手が圧倒している格好です。
ただ、後手にも工夫の余地が多いこと、先手がちゃんと研究していないと劣勢に陥りやすいこと、そんな事情から後手を持ってチャレンジする棋士も多くいます。
5.△6三銀~△5二玉~△4二玉と待機
ここからの3つは、現在よく指されている対策です。
△6三銀は、▲7九玉△5二玉▲8八玉△4二玉と進みます。
先手は8八玉型なので、▲4五桂が成立します。
後手は玉の位置は4二が最善で、銀の位置は5四と6三で一長一短ありますが、どちらにせよ受けるには最善形です。
▲4五桂からは、△2二銀▲3五歩△同歩▲6五歩と進みます。
以下、△同歩には▲5五銀と進出します。また、△4四角には▲6四歩△同銀▲7九玉と進めると、少し前にどこかで見た格好になりますね。
先手が攻めきるか、後手が受け止めきれるか、という勝負になります。
先手としては、自分も好形ですが相手も最善形なので、仕掛けてもうまくいくかは微妙なところです。
そこで▲6七銀と固める手もあります。これは後手の銀が引いているから成立する手で、5四銀型だと▲6七銀に△5五銀と進出する手がうるさいです(後述しますが、この点は検証が続いています)。
▲6七銀△5四銀▲5六歩と5五への進出をおさえ
△4四歩▲5九飛△3一玉▲5五歩、と銀を追い返します。
こうして銀矢倉を作って万全を期してから仕掛けるのも有力です。
この2つの手段の優劣は難しく、急戦志向なら▲4五桂、ジックリ志向なら▲6七銀、と好みによって手を選んでいる状況です。
後手としてもどちらでもそこまで悪くならないため、△6三銀からの待機策は有力な手段の一つとして考えられています。
6.パスしてから△5二玉と待機
パスされたので、先手の手番になります。
▲7九玉△5二玉▲8八玉△4二玉と進みます。
先手は8八玉型なので▲4五桂といける格好です。
後手も最善形で迎え撃つことができます。
ここで▲6七銀には△5五銀が先ほども出てきたうるさい手。
とはいえ、あえて出させて迎え撃つ手法もあって、ここ最近よく指されています。
さて△4二玉に▲4五桂といくとどうなるか。
ここで後手の銀の逃げ場所問題が発生します。
- △2二銀と逃げて△4四歩から桂を取る
- △4四銀と逃げて2筋交換を甘受して反撃に出る
この使い分けは、反撃に出られるか、というところにかかっています。
その際に重要なのは、後手の銀の位置と先手の玉の位置です。
後手の銀が5四にいなければ△6五歩の攻めがないため、反撃に出られません。
先手の玉は、後手が反撃する際は8八にいてくれたほうがいいです。
よってこの場合は△4四銀と逃げて、▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2九飛に△6五歩と反撃に出るのが一般的です。
とはいえ、△2二銀と逃げて▲3五歩△4四歩▲3四歩△4五歩、と進める順もあります。
最近見た記憶のある格好ではないでしょうか?
これはどちらを選んでも将棋AIの評価はあまり変わりません。
桂を取って受けにまわるか、△6五歩から反撃に出るか、現状は好みとされています。
先手がチャンスとみて▲4五桂といくか、▲6七銀として△5五銀と出させるか。
▲4五桂に後手は反撃に出るのか桂を取りに行くのか。
先手は▲4五桂のタイミングを早める手段もあります。
変化の幅は非常に広く、まだまだ結論は出ないでしょう。
将棋AIの評価値もどちらかに大きく傾くことはないだけに、今後も指し続けられる格好だと思います。
7.△5二玉~△4二玉と待機
いよいよトリです。
いま最も指されている手段です。△5二玉▲7九玉△4二玉と進みます。
ここで先手の手が別れます。
7九玉型なので▲4五桂は成立します。ただし相手も最善形です。
先手の玉が7九にいると△6五歩の反撃の効果が弱くなります。
よって▲4五桂には△2二銀と逃げて桂を取りにいく局面です。
先手に有力な攻め方が色々ありますが、いまの主流は▲7五歩△同歩▲5三桂成△同玉▲7四歩という攻めです。
以下△4四歩▲7三歩成△同金と進み、そこで▲4五歩と攻めるか▲6五歩と攻めるか。
現在進行形で研究が深められている格好です。
後手玉が不安定ですが、こういう時に心強いのが将棋AIの評価値です。
この図は評価値にほとんど差がないため、後手も安心して受けにまわることができます。
この変化が先手良しとなると、△5二玉~△4二玉の待機策がつぶれてしまいます。
そのため、非常に重要な変化で、今後も公式戦に登場することでしょう。
▲4五桂と攻めずに▲8八玉も考えられます。
対して後手は△6五歩と攻める手が有力です。
(△6三銀とすれば、5.△6三銀待機と合流します)
ここでまた分岐点です。穏やか路線なら▲同歩△同桂▲6六銀△6四歩▲4五歩。
これで次に▲4六角と据えます。この角打ちは常に急所になります。
反面、先手も角を手放すと攻めるのがやや難しくなります。
後手も△8六歩と8筋の歩を交換するのが自然です。
手待ちをして先手玉を8八に呼んだから出来る手段になります。
(6八にいると△8六同飛に▲9七角でまずいのは前述の通り)
これは互角の展開で、タイトル戦など、重要対局で幾度となく登場している局面です。
激しい路線なら△6五歩に▲6九飛と迎え撃ちます。
以下、△6六歩▲同銀△6五歩に
▲同銀直△同桂▲同銀△同銀▲同飛と進みます。
(▲6五同銀直では▲5五銀左も有力です)
歩切れのため金取りが受けにくいようですが、△6四銀が好手。
▲同飛は△5五角の王手飛車なので▲6九飛と逃げます。
△7五歩と嫌みをつけたところで先手に選択肢があります。
図では▲7九玉がこれまで多く指されてきた手。王手飛車のラインを消して▲6四飛を見せています。
後手も△5五角と積極的に受けて、以下は後手が攻める展開になります。
図から▲5五銀というのが最近現れた面白い手。
これも最近どこかで見た手ですね。
△同銀には▲6二飛成ですし、5五銀の存在は△5五角の王手も消しています。
対して△7三銀打と受けることになり、▲7四桂△5二金▲6四銀△同銀▲6三銀
△同金には▲7二角を見せて攻め込みます。
後手玉が4二にいることを咎めた感じもあり、感触のいい攻めです。
ただ後手からも△4四角の王手が7五歩と連動して厳しい反撃です。
後手玉も3一~2二とタイミングよく逃げ込めば、かなり安定感が増します。
文字通り研究課題といえそうです。
△5二玉~△4二玉の待機策も非常に幅が広く、互いに選択肢が多いため、今後も指され続けそうです。
パスしてから待機するよりも激しい展開が多く、戦いが始まるとすぐに終盤戦に突入することが多い印象です。
おわりに
現代角換わりについて解説してきました。
少しでも角換わりの盤上の物語を知っていただけたならば嬉しいです。
最後3つの展開は、変化が多岐にわたるため、研究と実戦での検証が続いています。
今後も公式戦で多く登場することでしょう。
善悪がついていないとき、何を選択するか。
そこに現代では棋風が出ます。
例えば、角換わりのスペシャリストみてみると、
△5二玉:豊島竜王・名人、藤井聡太七段、千田七段
パス:渡辺三冠
こういった選択をしています。
特に千田七段は△5二玉しか指していません。
ここに各人の考え方が現れており、それが各人における現代の棋風といえます。
角換わりをめぐる盤上の物語、今後もご注目ください。
それではまた