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電王戦振り返り(3)Ponanzaを最も追い詰めた一戦 第2回第2局佐藤慎一四段-Ponanza

電王戦振り返りの第3弾は、2013年3月30日に行われた佐藤慎一四段(当時、以下も同様)-Ponanza戦です。

 

棋譜と写真

第2回将棋 電王戦 HUMAN VS COMPUTER | niconico

 

観戦記

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当時の私のブログ

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この対局、佐藤四段が中盤は※-500くらいリードしていました。Ponanzaが出場した電王戦で、一番リードを許した対局です。これは案外知られていない事実です。

一番大きく人間側に評価値がふれていたのが図。

 

 

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elmoに深く読ませると-578の評価値をつけます(4分、約8億局面を検討)。観戦記を読んでも、検討で棋士優勢と言われていた辺りです。

そこから佐藤四段にミスが出てしまい互角に戻るのですが、その後も評価値が0付近で推移していたようです。当時のPonanzaも佐藤四段も素晴らしい指し手を続けていた証拠といえます。

 

迎えた第2図。

 

 

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ここで△3二金と受けましたが、△2六馬とすればチャンスの多い展開でした。elmoに深く読ませる(4分8億局面)と、+と-を行き来しています。

最終的につけた評価値は「+28」!

終盤戦のこの際どい場面で+28という数字は珍しいです。それだけ拮抗していたのです。

△2六馬には▲3三金△同玉▲3一飛△2四玉▲2一馬と入玉模様の展開が予想されます。

この時点のソフトは入玉を苦手にしていた(第2期は第4局で入玉が出現します)ので、△2六馬と指せば結果は逆だったかもしれません。惜しまれる場面です。

 

△3二金に▲3三金と迫った局面で

 

 

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△3三同桂と取りましたが、△3三同金と取って▲4四金に△3二金打と埋めるほうが良かったとelmoは指摘します。確かに△3三同桂のあとはジリジリと寄せ切られてしまったように思います。

▲3三金を△同金と取り、▲4四金△3二金打▲3三金△同金▲4四金・・・と進めば千日手です。

際どい勝負なのでもしかしたら電王戦唯一の千日手局になった可能性もありました。

 

この千日手筋は恐らく対局者の佐藤四段も気が付いていたと思います。

先ほどの入玉模様と合わせて決着をつけない方向に気持ちが向かなかったのが敗因になってしまい、体力的な面も含めてそれが人間の弱さだと思います。疲れを知らずに最後まで最善を尽くすコンピュータの強さが現れたとも言えそうです。

 

この対局時、私は現地控室で検討に参加していました。立会人の勝又六段、観戦記担当の先崎九段など。最後の電王戦と同じ顔ぶれです。

あまりに拮抗した戦いに、夢中で検討に参加していた記憶があります。

終局後は佐藤四段と先崎九段ら棋士数名と感想戦を行ったのをいまでも鮮明に覚えています。
将棋会館3階の応接室で、どうすればPonanzaに勝てたのか、第2図周辺を入念に検討しました。
世間では現役プロ棋士の初黒星がニュースになっていましたが、そんなことより棋士達は盤上での出来事に夢中でした。それだけ素晴らしい、拮抗した勝負だったということです。

 

それにしてもこの時なぜあれほどまでに世間で騒がれたのか。

おそらく、人間がコンピュータに越えられる一つの事例として電王戦が存在し、敗戦という結果によって人間の立場をコンピュータに脅かされていることが表面化したからでしょう。

4年後、佐藤天名人が負けても世間はとても温かい反応でした。それは4年という年月をかけてコンピュータの脅威を人間がゆっくりと受け入れていったからなのだと思います。

年月は人間がコンピュータを受け入れるために必要なことなのです。これが分かったことも電王戦の意義の一つです。

 

初めて現役プロ棋士が負けた一戦は、人間も全力を尽くし、観ている人に感動を与える拮抗した素晴らしい戦いを繰り広げました。このことはセンセーショナルだった結果と合わせて残ってほしい事実です。

この後も人間はコンピュータに抗い、素晴らしい戦いを続けます。今後も電王戦を振り返りながらそのことを残していきます。

 


さてこれはわずか4年前の対局です。
プロ棋士で言えば最低段位の四段と接戦を演じ競り勝ったPonanza。
この時の実力は、公平に見てもプロ棋士を完全に越えたとは言えなかったでしょう。

しかしいまではプロ棋士の最高峰である名人に対し2局続けて内容で圧倒するほどの実力となりました。
この2つの電王戦を比較することで「指数関数的にコンピュータは強くなる」ことが鮮明に浮かび上がります。

そして次回はその強くなる過程であった、第3回電王戦の屋敷九段ーPonanza戦を取り上げます。
この対局も電王戦史上に残る接戦であり、Ponanzaが終盤力を見せつけた一戦でもありました。

 


ところでこの対局では、外に構成したクラスタと通信トラブルが起きました。
この時は対局が中断されることなくPonanzaのトラブル対処が行われ、バタバタしてしまって人間にかなり不利な条件でした。
もし立会人がコンピュータに詳しい勝又六段でなければ、Ponanzaの反則負けになった可能性もあります。
そして第3回電王戦からはハードの統一化が行われました。
それによって開発者がハード面で強化ができなくなり、ハンデだと声があがったのも事実です。
しかし運営側にとって、このルールはこの対局でのトラブルがきっかけの一つでした。これはあまり知られていないことです。
ハードの統一は対局者を守るものであり、開発者にとっても公平なものであり、非常にいいルールだったと私は考えています。

 

ちなみに第3回から設けられたソフト貸出のルールについては、またの機会に取り上げます。

 


第2回電王戦をまとめた本もありますが、残念ながら絶版になっているようです。
そこで第2回にかぎらず、棋士とAIの対決の歴史をまとめた本を紹介します。

 

 
私も拝読しましたが、当時のことを思い出して引き込まれました。

将棋連盟に対して厳しい評も見受けられます。
この振り返りと合わせてご覧いただくことで、電王戦への理解も深まるかと思います。

 


それではまた

 

 

※評価値について

先手は+、後手は-で表記。

この場合の-578は、佐藤四段が578点リードしている、という意味。